クラス委員ブログ

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2018.04.15

いちから始める風呂敷クラス

いちから始める風呂敷クラス【第一回】 風呂敷の基礎/基本の結びと箱の包み方

4月11日(火)風呂敷クラス第1回目が開講されました。

本クラスの講師は、現役の家庭科の教師でもあるつつみ純子先生です。春らしい若草色の素敵なお着物姿で登壇です。

まずは、風呂敷の歴史から。 歴史上最も古い記録で風呂敷が登場するのは、推古20年(612年)の頃。伎楽という仮面劇の面の”包み布”として使われたことが始まりのようです。この頃は、まだ風呂敷という名前はついてなかったそうです。

次に登場するのは、平安時代に流行ったとされる、扇面古写経(せんめんこしゃきょう)という扇子に写経と挿絵が施されたものの中に一人の女性が風呂敷に包まれた荷物を頭上に抱えているのが見られます。この頃も”衣包み”という名前でまだ風呂敷という名前ではありません。

いよいよ風呂敷という名前で呼ばれるのが、室町時代に足利義満が作ったとされる大湯殿(大浴場)にて恐らく敷き布として使われたことが風呂敷の語源のようです。 この頃は戦の多い殺伐とした時代で、サバイバルする為にあらゆる権力者を味方につけなくてはならなく、その為の接待として将軍達を豪勢な食事でもてなし、お風呂に入れてあげたそうです。 当時はお湯を沸かすのが大変だった為、お風呂自体が贅沢だったのですね。 しかもお湯そのものに浸かるのではなく、サウナのように湯気で汗を流し体の汚れを洗い流したそうです。 その際に風呂敷がどう使われていたのかは残念ながら記録には残っていないそうですが、現代でいうサウナでお尻の下に敷くタオルの様に使われていたのかもしれません。

そして、江戸時代に風呂敷文化は開花し、この頃の浮世絵の中で風呂敷を持つ人々の絵がたくさん見られます。 人々の生活が豊かになるにつれ、より良い物を持ちたいという欲求が高まり、その結果流通が盛んになり、流通に欠かせない包み物が必要とされてきました。 その過程で風呂敷も様々な大きさのものが作られ、結び方の工夫も生まれたようです。 ということで、現代我々が見る風呂敷とその包み方はほぼこの江戸時代に生まれたとのことです。

そうして、発展していった風呂敷文化ですが、昭和半ば頃になると共に百貨店等で紙袋が使われるようになってきました。 更にその後紙袋も買い物のサイズに合わせて大小様々なものが出てきたことにより風呂敷屋さんはほぼ全滅してしまったそうです。

そんな中でも近年、ワンガリ・マータイさんによるMOTTAINAIという言葉の世界的な認知や小池知事のチームマイナス6運動等で風呂敷が再び脚光を浴びましたが、一過性のブームとしていまひとつ定着まではしませんでした。

しかし、風呂敷はこの様な省エネ的な役割に留まらずに防災等もっと幅広く活用することができる素晴らしい日本文化なのです。これぞつつみ先生が語る”平成風呂敷活用法”であり、キャッチフレーズは「鞄に一枚の風呂敷を!」 これからその活用方法を全8回に渡り学んでいきます。

まずは風呂敷そのもののサイズと柄。

風呂敷の構図にはいくつかのパターンがあり、主に麻の葉、青海波文様、うろこ文様、唐草文様、などがあります。 みなさんもどこかで必ず目にしたことがある日本の伝統的な模様です。 また、日本には細かい四季の変化がもたらす多くの中間色があり、これらも風呂敷のデザインに反映されています。

これら日本独特の模様および色には様々に込められた意味合いや特色があり、海外の人とのコミュニケーションツールとしても最適です。 更に“包”という字はお母さんのお腹とその中にいる胎児を表した象形文字だそうです。 一番大事なものを守るもの、それが“包む”ことなのですね。

講義が終わった後、実際に基本の箱包みを体験しました。 最初は皆がいつもやっているように結んでもらい、その後結び目が横にピンととなる「真結び」という正しい結び方を教えていただきました。 この結び方だと簡単に解けずしっかり中身を守ることができます。 次回は瓶の包み方を学びます。

風呂敷の基本から歴史、そして実践と何とも盛りだくさんの第1回目の風呂敷クラスでした。

クラス委員 きょうちゃん、のじやん

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