クラス委員ブログ

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2018.07.03

戦国武将と城探究クラス

【第7回】関ヶ原の戦いと城

6/4(月)

本日、座学講義最終回となりました。
今回のクラスのメインテーマである関ヶ原の戦いと城について学んでいきます。

<1.関ヶ原の戦いの原因>
まず、関ヶ原の戦い原因になったのは、「豊臣秀吉の死」です。
秀吉の死去か翌年には前田利家(秀吉の盟友、五大老)が死去。
※五大老…現代で言うところの「政治家」
徳川家康が五大老(有力外様大名)の筆頭として専制を開始しました。
五奉行(秀吉の吏僚)の実力者石田三成が家康に挙兵
※五奉行…現代で言うところの「官僚」(石田三成・増田長盛・浅野長政・前田玄以・長束正家)

【西軍】石田三成:豊臣政権軍 VS 【東軍】徳川家康:反豊臣政権軍
という抗争勢力ができてきました。

今回のフィールドワークで訪れる大垣城もこの天下分け目の舞台となった城の一つでした。
大垣城の戦いは、関ヶ原の戦いに伴って発生した攻城戦の一つ。
西軍が本拠地としていた大垣城を主力が関ヶ原へ移動した後に東軍の部隊が攻撃したことで発生しました。そして舞台は、関ヶ原へ…

<2.なぜ関ヶ原だったのか>
関ヶ原という地名
「関」とは、街道において通行人を取り締まる場所。
中山道(東山道)・北国街道・伊勢街道の分岐点にあたる交通の要衝。
古代から不破関という名の関所が設置。
関ヶ原を押さえることは、戦略的にも意味のあることで、
壬申の乱では関ヶ原が戦闘の舞台となり、
天智天皇死後、弟の大海人皇子と子の大友皇子との間の皇位をめぐる争い
大友皇子の軍勢を関ヶ原で破った大海人皇子が勝利→ 天武天皇として即位

関ヶ原の戦いは672 年の壬申の乱からおよそ1000 年後におきた合戦で関ヶ原の周囲は小高い山々に囲まれています。
西軍が一帯を制圧することによって、東軍は近江を経由して京都や大阪に進出することはできないため、この場所を抑える必要がありました。

<3.決戦関ヶ原>
~午前8 時ころ~
夜中から降り続いていた雨があがり、霧が晴れた
徳川家康の家臣井伊直政が西軍宇喜多秀家の陣を銃撃
→ 合戦の火蓋が切って落とされた
東軍が西軍の陣地を攻撃するという形で、一進一退の攻防が続く
東軍と積極的に戦っていた西軍石田三成・宇喜多秀家・小西行長・大谷吉継
数はせいぜい3 万5000 ほど

~午前11 時ころ~
三成は総攻撃を促す狼煙をあげさせた
松尾山の小早川秀秋や南宮山の吉川広家らは反応せず
家康は、小早川秀秋の陣に向けて鉄砲を撃つ= 「問鉄砲」
「問鉄砲」は創作された話という意見も攻撃の合図であったか

~正午ころ~
小早川秀秋は東軍としての旗幟を明らかに→ 大谷吉継の陣に総攻撃
大谷吉継は、小早川勢を押し戻すなど善戦
麾下の脇坂安治・朽木元綱・小川祐忠・赤座直保の軍勢が東軍に寝返る

~午後1 時ころ~
大谷吉継の隊は壊滅し、吉継は自刃
大谷隊が壊滅したあと、小西隊・宇喜多隊も動揺
石田隊は、最後まで踏みとどまっていたが、やはり敗走

~午後2 時ころ~

南宮山の長束正家・長宗我部盛親らも、西軍の敗報をうけて伊勢に向けて敗走
最後まで戦場に残っていた島津義弘は、敵中突破を図り、伊勢方面に向けて敗走

~午後3 時ころ~
家康の重臣井伊直政・本多忠勝らは、態勢を立て直して追撃
井伊直政は負傷するが、本多勢が島津勢を猛追
烏頭坂で島津義弘の甥島津豊久を討ち取る

~午後4 時ころ~
家康からの撤退命令を受け、東軍は島津勢の追撃を中止
生き残っていた島津勢は、わずか数十人

~午後5 時ころ~
家康が首実検
この日の戦いで討ち死にした数史料によって差があるため不明
3 万とする記録もあるが、実際には6000 人くらいか

<4.佐和山城の落城>
石田三成の居城である、佐和山城を東軍が包囲。
わずか一日で落城させ、落城後、佐和山18 万石を井伊直政が拝領。
直政は関ヶ原の戦いでの鉄砲傷がもとで慶長7 年(1602)死去。
長男直勝が彦根城を完成佐和山城から移転。
今回フィールドワークで訪れる彦根城は、佐和山城から移転したお城なのです。

関ヶ原だけでなく天下分け目の合戦は、全国で行われていました。
・東北の関ヶ原西軍上杉景勝が東軍最上義光・伊達政宗と対峙
・九州の関ヶ原東軍黒田孝高(官兵衛)が西軍の城を攻略

<5.合戦後>
西軍に属した大名の所領・・・没収
毛利輝元中国8 か国120 万5000 石→周防・長門36 万9000 石
家老の吉川広家が家康に内通していた功績
上杉景勝陸奥会津120 万石→出羽米沢30 万石
島津義弘薩摩・大隅・日向一部に60 万石・・・安堵
西軍から没収した所領を東軍の大名に加増
家康自身は255 万石→ 400 万石

皆さん、フィールドワーク前ということもあり、真剣に先生の話を聞いている様子でした。

<おまけ>
フィールドワーク前に2回目の懇親会を開催しました。
都内某所にある戦国居酒屋でチーム形式の戦国クイズ大会を行い、フィールドワークを目前に懇親を深めました。

次回はいざ! 第8回「【フィールドワーク】関ヶ原古戦場見学」へ

クラス委員:じぇんとる & のりぴー

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