クラス委員ブログ

受講生のなかから選ばれるファシリテーターの「クラス委員」が
各クラスの様子をレポート!

2017.11.12

山伏「生まれ変わり」入門クラス

第一回 博報堂をやめて、どうして「山伏」になったの?

山伏「生まれ変わり」入門クラス
~ココロ・カラダの「再生の旅」案内申す~

朝大初の山伏の世界に触れる
全4回の1回目のクラスがいよいよ始まりました!

講師の加藤丈晴さんは、山伏の格好で登場、
まずはホラ貝の音からスタート!
丈晴さんは以前、博報堂に勤務していたバリバリのビジネスマンだったが、
ある転機があり、会社を辞めて家族で山形に移住。
同時に羽黒山伏となり、地域文化交流事業、山伏修行、自然エネルギーなどに
取り組む会社を設立したという経歴の持ち主。

もともと横浜出身の丈晴さんですが、
言葉はみごとな山形弁(笑)。

◎山伏になったキッカケは、マスターヨーダ?!

博報堂勤務のときに、山伏を世の中に広めるという仕事で
羽黒山伏大聖坊13代目当主 星野文紘さんと出会う。
白く長いヒゲを蓄えた、仙人のような風貌。
山伏や一般の信者が修行のために山に入る際の指導者
のことを”先達”という。

丈晴さんは、山伏の目的は何なのかと 星野先達に尋ねたところ、

「へ〜、広告屋さんっていうのは、目的ないとなにもできないんだな」

という回答。 これには、丈晴さんも驚いたそう。
目的がないものをどうやって世の中に広めていけばいいのか?
当時の丈晴さんには、「なんなんだ、この親父???訳が分からん」と思った。

「目的と手段とかシャバ臭いこと言わずに、まずは山へ来い!」

先達にそう言われて、実際に山伏修行を行うことに。

山伏修行は、説明やオリエンテーションがまったくなく、
いきなり始まる。
修行中はいっさいの私語厳禁。
口に出して言っていいのは「受けたもう」のただ一言のみ。
先達はなにも教えてくれない。

山を歩いて、滝に入って、自分で感じたことを感じること。
そして、自分との対話がはじまる。

「考えずに感じることの一歩目」
をうまいこと作っていく場なんだなと
丈晴さんは感じたそう。

そんなマスターヨーダ(笑)のような星野先達との
出会いを語っていただきました。

出羽三山に行くと心と体が生まれ変わると 言われているそうで、
山伏修行の場である出羽三山は、 東北随一の霊山。
羽黒山、月山、湯殿山の3つの山のこと。
その山に入り、滝に打たれ、瞑想し、
自分の体から声が聞こえてくるような体験をしたことが
その後の丈晴さんの人生に大きな影響を与えることに。

最近では、海外から続々と山伏修行に
参加する人が増えてきているようで、
その海外の参加者から

「山はあなたが誰だということを教えてくれる」

そう言われたという言葉が印象的でした。

まさに、これまでの自分を脱却して
生まれ変わるとともに
本来の自分に気づく場なんだな〜と 感じました。

◎山伏のコスモロジーには次元を超えた壮大な宇宙観がある

星野先達とも交流のあるナビゲーターの木戸寛孝さんから
丈晴さんの話を受けて、山伏と私たちがつながるポイント
を解説してもらいました。

木戸さんも星野先達の導きで山伏修行にも参加経験があり、
身をもって感じた山伏の壮大な宇宙観があるといいます。

山伏修行で山に入るということは、
トレイルランやトレッキングとかとは
まったく次元が違うもの。

そもそも山伏の装束の白装束は
「死に装束」である。
これを着るということは
自分はいったん死ぬということを覚悟すること。
そして、いったん自分が死んだつもりで
山に入り、自分の”身”をもって感じる

”身”とは何か。

自分の身である体というものを
掘り下げていくと
「今、ここ」ということ。

過去でも未来でもない。
今、自分は何を感じているのか。

普段は、思考にとらわれ、
こうあるべきという社会の規範に
いつの間にか飲み込まれて
生活している自分。

山に入り、一度”死ぬ”ことでリセットし、
今、ここにある本来の自分を取り戻す。

そのような心と魂の変容を自らの気づきで起こしていく。

山伏修行には、このように「生まれ変わり」
のプロセスが巧妙にデザインされた場なのだ
ということを木戸さんからお話いただきました。

これは自分の身をもって体感することに意味がある。

星野先達が、丈晴さんに
まずは山に来いと言われた理由が
よく分かりました。

月山、湯殿山に登れるのは 夏の期間だけなので、
今回のフィールドワークでは、
羽黒山のみとなりますが、
山伏修行の一端を体験できる機会なので
今からとても楽しみです☆

次回は木戸さんが”生まれ変わりとは何か”
ということについて講義いただく予定。
ますます深い世界観に惹き込まれますね〜!

 

※「クラス委員ブログ」に記載された意見や表現などは、各記事の執筆者個人の意見・表現であり、
丸の内朝大学企画委員会によるものではありません。

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